ルリカケスの早春繁殖における餌資源の考察
-ヒナの糞分析および生息環境の動物多様性からの知見-

Bird Research 13: A1-A13


谷 智子・石田 健・高美喜男・森 貴久

 ルリカケス Garrulus lidthi は奄美大島と周辺に生息する固有種で,主に森林と林縁で活動する.多くの場合,1月に造巣,2月中旬に孵化し,営巣活動は6月初めまで続くが,この繁殖開始時期は他の大多数の奄美大島の鳥類よりも早い.繁殖開始を早める戦略は天敵の少ない時期に繁殖することで繁殖成功度を上げるには有利であるが,ヒナを成長させるために必要な餌が繁殖期間を通じて十分に存在する必要がある.本研究では,巣内ビナの糞分析と巣箱周辺の動物相を調査することによってルリカケスが繁殖にどのような餌資源を利用しているかについて推察した.
 ルリカケスが早春繁殖に利用する餌資源を解明するために,2011年2月から5月にかけて鹿児島県奄美大島龍郷町で主として節足動物相調査および巣内ビナの糞分析を行なった.また,ビデオおよびインターバル撮影カメラを用いて巣箱における親鳥の給餌行動を記録した.巣内ビナの給餌物として種類が同定できた節足動物は,昆虫綱は6目(ゴキブリ目,バッタ目,コウチュウ目,シリアゲムシ目,チョウ目,ハチ目),クモ綱は2目(クモ目,ザトウムシ目)であった.奄美大島ではバッタ目,ゴキブリ目,徘徊性のクモ目などが2月から3月に下草の少ない地表面で活動することが確認され,ルリカケスはこれらをヒナに給餌することで2月からの早春繁殖を可能にしていると考えられた.これらの節足動物は,季節による変動はあるものの,ルリカケスの繁殖期間全体でみると個体数が多い,もしくは個体の重量が大きい種であり,餌資源として有効であると考えられた.また5月までの継続調査からルリカケスは繁殖期を通じて特定の動物をヒナに与えるのではなく,2月から5月までの季節の移り変わりと節足動物の状況の変化に応じて採餌する場所,種などを変えていると推測された.

キーワード: ルリカケス,繁殖,食性,節足動物相,餌資源




バードデータチャレンジ:録音音声の種判別における野鳥愛好家・研究者協働の試みとその課題

Bird Research 13: A15-A28


深澤圭太・三島啓雄・熊田那央・竹中明夫・吉岡明良・勝又聖乃・羽賀淳・久保雄広・玉置雅紀

 筆者らは福島第一原発事故による避難指示区域内外を対象とした録音による鳥類のモニタリング調査を2014年より実施している.研究者と地域住民との対話・得られたデータの透明性確保に資することを目的に,モニタリングで得られた音声データを聞き,鳥類組成のデータを作成する参加型イベント「バードデータチャレンジin福島」を2015年に実施した.イベントに際しては,Webベースの音声再生・種名入力支援ツール「SONO-TORI」,即座に出現種や種判別の進捗状況の可視化を行なうためのシステム「SONO-TORI VIS」を新たに開発し,それらを活用して参加者が楽しみながら録音音声による種判別を進められるよう努めた.当日は定員である30名の参加者が集まり,5つの班に分かれて聞き取り作業を実施した.その結果,計63分の音声データに対して種判別を実施し,23種の鳥類が確認された.作業後のアンケートの結果,参加者の満足度および再訪意欲は高く,これらと参加者間の親睦や鳥類種判別技能の向上とのあいだに高い相関がみられた.今回の取り組みは結果に関する情報共有のありかたや,班ごとに分担する音声データの決め方などについて課題があったものの,録音音声による種判別がイベント形式の市民参加型調査として成立しうる可能性を示したと考えられる.

キーワード: 東日本大震災,市民科学,Citizen Science,録音調査,情報技術,可視化




断崖における強制上昇流とオジロワシの飛翔特性

Bird Research 13: A29-A41


島田泰夫・井上実・植田睦之

 北海道苫前町の風力発電施設周辺において飛翔するオジロワシの空間位置を,2台の経緯儀により追跡把握した.風向別の追跡事例数は,西北西が最多で西がそれに次いだ.風速階級別の追跡事例数は,8m/sが最多で,7m/sがそれに次いだ.これらの結果は統計モデルでも同様の傾向を示した.10m格子毎に算出した飛翔頻度と地形条件による統計モデルは,傾斜度,斜面方位(東北東と西北西),断崖の数および海岸線の有無(有)の係数が正を示した.この結果を踏まえ,調査範囲における地形条件を用いて気流シミュレーションを実施した.その結果,断崖付近から発生する鉛直流(強制上昇流)は,風速が大きくなるにつれ,海側に発達する傾向があった.一般的な揚力式を用いて,オジロワシの標準的なサイズから最小飛翔速度を求めたところ,経緯儀で得られた断崖付近の飛翔速度はそれより小さかった.この場合,沈下することになるが,断崖付近で発生する鉛直流が沈下を抑制していると考えられた.

キーワード: オジロワシ,滑空,強制上昇流,気流シミュレーション




どのようなごみ収集容器であればカラス類に荒らされないのか:
函館市の事例

Bird Research 13: A43-


石川尭海・荒 奏美・三上 修

 ハシブトガラスとハシボソガラスの生息域は人間の生活圏と重複するため様々な問題を引き起こしている.その問題の1つにカラス類によってごみが散乱させられること(ごみ被害)がある.本研究では,函館市において,ごみ被害を減らすための方策を考えるべく,以下の3つの調査を行なった.1つ目は,「夏と冬で,ごみが荒らされた頻度(ごみ被害率),荒らされたごみ収集容器の形式,および,ごみが荒らされた住宅の形式,に違いがあるか」である.2つ目は,「ごみを出す時間帯によって荒らされやすさは異なるか」である.3つ目は,函館市内の収集容器のうちもっとも多く使用されている金属製メッシュ容器について「どのような金属製メッシュ容器に入っているごみが荒らされやすいか」である.調査の結果,被害率は冬のほうが高かったが,荒らされやすい収集容器および住宅の形式には季節による影響はなかった.早く出されたごみのほうが荒らされており,金属製メッシュ容器は,中のごみが接している面が多いほど,網目の大きさが大きいほど荒らされてる率が高く,かつ側面については地上から40cm以内にあるごみがつつかれていた.以上の結果から,ごみを荒らされないためには,夏と冬で対策を変える必要はないが冬期にはより注意が必要であること,ごみ収集容器にごみを入れすぎないこと,大きな網目のごみ収集容器を使っている場合には付加的な対策を施すこと,が有効であることが示された.

キーワード: カラス対策,戸別収集,ごみ袋,金属製メッシュ容器




中部日本のスギ林における常緑低木ヒメアオキの量的に有効な種子散布者はヒヨドリである

Bird Research 13: A55-


中川皓陽・北村俊平

 本研究では自動撮影カメラを利用して,中部日本のスギ林における常緑低木ヒメアオキの果実消費者とその持ち去り量を記録し,ヒメアオキの量的に有効な種子散布者を特定することを目的とした.2015年4月に石川県林業試験場内のスギ林に4箇所の調査区を設定した.ヒメアオキ51個体980個の結実数を計数し,週一回,樹上に残る果実数を記録した.さらにヒメアオキ28個体に自動撮影カメラを設置し,樹上353個と落果75個の計428個の果実を持ち去る動物を記録した.調査開始から1週間後に全体の41.7%,2週間後に97.2%,3週間後に98.3%の果実が樹上から消失した.調査期間中にのべ465カメラ日の観察を行った.撮影された鳥類6種と哺乳類6種のうち,ヒメアオキの果実を持ち去る瞬間が確認されたのはヒヨドリのみだった.ヒヨドリの採食は全ての調査区で確認され,訪問あたりの持ち去り果実数の中央値は2個(1-6個,N=41)だった.樹上・落果のいずれの調査区もヒヨドリとヒヨドリが食べた可能性が高い果実数の合計で全体の80%を占めた.そのため本調査地では,ヒヨドリがヒメアオキの量的に有効な種子散布者であると考えられた.より一般的な結論を導くには,複数地点・複数年の継続調査が望ましく,それには本研究で採用した自動撮影カメラによる果実持ち去りの観察が有効な調査手法の一つであると考えられる.

キーワード: 果実食鳥類,自動撮影法,種子散布,種子食害,種子サイズ




日本におけるコクガンの個体数と分布(2014-2017年)

Bird Research 13: A69-


藤井 薫

 日本国内に渡来するコクガン Branta bernicla の個体数と分布を明らかにするために,道東コクガンネットワークが中心となって2014-2017年までの3年間,秋期,冬期,春期全国一斉調査を実施した.全国32か所の調査地の中で,コクガンが記録されたのは27か所であった.その中でアジア太平洋地区のコクガンの重要渡来地となる1%基準値の65羽を超えていた地域は,国後島,野付湾,風連湖,浜中・琵琶瀬,厚岸湾,浦河,伊達周辺,渡島半島東部,函館湾周辺,青森県下北半島周辺,青森県陸奥湾周辺,青森県太平洋側,岩手県,宮城県南三陸@,宮城県南三陸A,宮城県蒲生海岸の16か所であった.本調査で記録された最高羽数は2015/2016秋期の8,602羽で,野付湾ではその84%にあたる7,233羽が記録された.日本全国のコクガンの渡来数は,秋期は8,600羽,冬期は2,500羽,春期は3,100羽と推定された.秋期と春期には国内の80-90%のコクガンが野付湾と国後島南部に集中し,春期は国後島南部の比率が高くなった.秋期に北海道東部で8,600羽以上のコクガンが記録されるのに対して,国内の越冬数が2,500羽,春期の北海道東部の記録羽数が3,100羽と異なっており,60%以上の個体がどこで越冬し,どこを通過しているのかは不明だった.

キーワード: コクガン,野付湾,国後島,日ロ共同調査,一斉カウント調査,アジア太平洋地域




東京都内湾運河部の人工構造物上で初めて確認されたウミネコの繁殖記録

Bird Research 13: S1-S4


奴賀俊光・小島一幸 ・永友 繁・前川真紀子

 2015年と2016年に東京都内湾運河部の防衝杭上でウミネコの繁殖を確認した.2015年6月18日にヒナを,2016年5月10日には同じ場所で3卵の巣を2巣確認し,周囲に10〜20巣程度あると考えられた.5月18日にはヒナを確認し,6月24日には16羽の幼鳥を確認した.過去の繁殖記録から,ウミネコは内陸部から海岸部へ徐々に営巣地を移し,当地で営巣するようになったと考えられる.

キーワード: ウミネコ,繁殖,東京湾,防衝杭





水位変動がオオハクチョウの採食場所選択に及ぼす影響

Bird Research 13: S5-S9


嶋田哲郎・植田健稔・星 雅俊・森 晃

 宮城県北部の伊豆沼・内沼において,水位変動に応じたオオハクチョウの採食場所選択が 2008〜2009年の越冬期に調査された.21回の調査で,186〜1,239羽のオオハクチョウが記録され,平均645羽であった.オオハクチョウの採食場所であるハス群落,水田,マコモ群落,給餌場での採食個体数と水位変動との関係をみると,水位が上昇するにつれてハス群落とマコモ群落における採食個体の割合が有意に減少した一方で,水田における採食個体の割合が有意に増加した.

キーワード: オオハクチョウ,水田,水位変動,ハス群落




青森県下北地方におけるイスカの営巣環境と繁殖行動の季節性

Bird Research 13: S11-S17


蛯名純一・三上かつら

 日本で繁殖するイスカ Loxia curvirostra については,その繁殖の詳細についての報告が少ない.今回,下北半島の繁殖個体群において,本種の営巣環境および繁殖行動の季節性について知見が得られた.標識個体の観察の蓄積から,当地のイスカは定住繁殖していることを再確認した.ただし,球果が不作だった2012/2013シーズンには巣および繁殖行動は発見されなかったことから,海外のイスカ同様,日和見的繁殖を行なっていると考えられる.2010/2011から2015/2016のあいだの6シーズンに発見した20巣はいずれもクロマツ Pinus thunbergii の林の林縁部にあり,巣はいずれも8-18.4mの高いところに架けられていた.主な繁殖期は11月から4月だったが,これは営巣林であるクロマツの球果の成熟に適応したものと考えられる.

キーワード: イスカ,営巣,クロマツ,繁殖行動




銚子洋上風車周辺での海鳥の飛翔状況

Bird Research 13: S19-S25


植田睦之・島田泰夫・奴賀俊光・佐藤功也

 洋上風車に対する海鳥の反応を明らかにするために,2013年と2016年に銚子沖で船舶用レーダを使った調査を行なった.いずれの調査でも風車から100m以内を鳥が飛行することは少なく,また,風車のそばで飛行方向をかえる行動が記録され,海鳥は風車を回避して飛んでいると考えられた.2013年と2016年を比較すると,2016年の方が風車のより近くを飛行する傾向があった.以上の結果から,洋上風車の海鳥への影響としては,バードストライクより風車を忌避したり,その海域を使わなくなったりする影響の方が大きいと考えられるが,レーダによる調査データには天候等の偏りがあり,海鳥への影響を明らかにするにはさらなる調査が必要である.

キーワード: 海鳥,回避飛行,船舶用レーダ,バードストライク,洋上風力発電




宮古諸島におけるカッコウ科鳥類2種の観察記録

Bird Research 13: S27-S33


浜地 歩・植村慎吾・仲地邦博・高木昌興

2015年から2017年にかけて,宮古諸島でオオジュウイチとオニカッコウを記録した.オニカッコウは複数羽での長期滞在が確認されたことから,繁殖の可能性も考えられる.国内におけるこの2種の記録は増加傾向にあり,今後分布を拡大する可能性がある.

キーワード: オオジュウイチ,オニカッコウ,観察記録,宮古島,托卵




伊豆諸島八丈島と八丈小島におけるカラスバトの島間移動行動

Bird Research 13: S35-


安藤温子・森 由香・佐藤 望

カラスバト Columba janthina が伊豆諸島八丈島と八丈小島の間を飛翔して移動する行動を観察した.8時間の調査時間中に,のべ約2,000羽のカラスバトが両方向に移動した.両島におけるカラスバトの生息状況を比較したところ,調査コース1kmあたりの平均確認個体数は,八丈島で1.54羽,八丈小島で69.93羽であり,八丈小島においてカラスバトが非常に高密度で生息していることが明らかになった.また八丈小島においては,活発な繁殖行動も確認された.撹乱の少ない八丈小島は,カラスバトにとって好適な繁殖地であると考えられる.一方,八丈小島で得られる食物資源には限りがあるため,その不足を補うため,多くの繁殖個体が八丈島とのあいだを頻繁に行き来していると考えられた.

キーワード: 伊豆諸島,カラスバト,島間移動,繁殖